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28「父と雪見障子の思い出」

 今年の7月に前住職である父の27回忌の法要をお勤めしました。父は26年前53歳を一期に往生しました。私はその時24歳で、18歳で実家を離れて以来東京で生活をしておりましたので、父との生活は18年間ということになります。あまり長いとは言えない時間なのですが、その時間の中で今でも印象に残っている思い出があります。今回はその思い出のお話をさせて頂きたいと思います。

 私が中学生のころ、お寺の庫裏の大改修工事を行いました。創建以来の古い庫裏をだましだまし使ってきましたから、改修が嬉しかったのだろうと思います。いろんなところに父のこだわりがありました。その中でも特にこだわっていて、お気に入りだったのが、障子がすべて雪見障子になったことです。皆さん雪見障子ご存じでしょうか?障子の下半分が上にスライドする障子で、スライドすると下半分はガラス張りの窓になります。部屋で座ったまま外の景色を見ることができる障子ですね。「天気の良い夜に、庭を見ながら焼酎を飲むんだ。」と私に話していました。いざ工事が終わって、父が楽しみにしていた天気の良い夜がやってきました。「雪見障子を開けてくれ。」と父に言われて、私もどんなきれいに庭が見えるだろうと楽しみに障子をスライドさせました。ところが・・・窓の向こうは真っ暗で何も見えないのです。拍子抜けした私は「なんも見えんじゃないか。」と文句を言いましたが、父は落ち着いたもんです。「まだよ。部屋の電気を消さんか。」と言います。「今でも外見えんのに、電気消したら真っ暗でもっとなんも見えんやないか。」とさらに文句を言いますが、「いいから早く消せ。」と返されます。ぶつぶつ言いながら言われた通り電気を消し、しばらく待っていると・・・暗さに慣れた目に少しずつ、月明かりに照らされた庭が奇麗に浮き上がってまいりました。それは静かで心落ち着く景色だったのを今でもはっきり覚えています。

 夜になると、私たちははっきりと見ようと部屋に明かりをつけます。よく見えるように、蝋燭より電球を、電球より蛍光灯を、そして今ではLEDをと、より明るく照らそうとします。そうすると、私の手元は良く見えるのですが、この明かりは光の届く範囲というのがあって、あかりの届く範囲はより明るく見えますが、光の届かない範囲はより暗くなってしまうのですね。雪見障子を開けた時も、部屋の明かりが届かない庭の景色は真っ暗で見ることができませんでした。しかし部屋の明かりを全て消してしまうと、月明かりに照らされて今まで見えなかった遠くの景色までが見えるようになるのです。夜は暗いから明かりで照らさなければならないと思いますが、ちゃんと私を照らして下さっている光はあるのです。ですが、私たちは自分の手元を明るく照らすことに一生懸命で、私を照らす光があることにも、手元以外の景色が見えなくなっていることにも気が付かなくなってしまうことがありますね。悩んだり迷ったりするとき、私を照らそうと、私の手元をもっとよく見ようと思うかもしれません。それでも上手くいかないとき、ちょっとだけ手元を照らす明かりを消してみてはどうでしょうか。ぼんやりとではあるかもしれないけれど、私を照らす明かりが他にもあることや、今まで見えていたよりもっと広い景色が見えるかもしれません。そしてその景色は不思議と静かに私の心を落ち着けてくれるものかもしれませんよ。

 

南さつま市 顕證寺 藤直亮