第76回カンヌ映画祭脚本賞を受賞した脚本家・坂元裕二氏がインタビューで、映画「怪物」を作るきっかけとなったエピソードを語っていたのが印象的だったのでご紹介します。
「車を運転して赤信号で待っていたら、トラックが止まっていて、信号が青になってもしばらく動かない。プップーとクラクションを鳴らしたところ、それでも動かない。ようやく動いたら横断歩道に車椅子の方がいて…トラックの後ろにいた私にはそれが見えなかった。クラクションを鳴らしてしまったことを後悔していた…」
「私たちは生きている上で見えないものがある。自分が被害者だと思うことには敏感だが、加害者だと気付くのは難しい」と、この脚本に込められた思いを坂元裕二さんは語っていました。
まさに浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が明らかにされた、自身の内に見る「悪人観」と重なるものを感じます。
「真実」というものは残念ながら、いつも私には見えません。なぜなら私たちは、常にそれぞれの置かれた立場・環境などから色眼鏡(固定観念や主観)をもって他人を見ていく習性があるからです。他人にレッテルを貼り、さまざまな事象にラベリングし、憶測をはたらかせ、外に「悪人(怪物)」を探し回る…私たちのものの見方は、それほどに危ない見方しか出来ないのです。
物事を「正しく見ること」を第一に掲げ、「正しく考えること」の大切さ、そして、その実践行が仏道です。しかし、それが一番難しいのです。出来ないどころか、次々に苦悩を生じさせ、自分の考えこそが正しいと勘違いしてしまいます。そんな危うい人間の真実を明らかにしてくださったみ教えが浄土真宗であり、その悲しみのところにはたらいてくださる大いなる慈悲のお心を持った仏さまを阿弥陀如来と申し上げます。
放っておいたら何をしでかすかわからないこの私に願い続け、この私の生き様を哀しみ続け、絶えることなく、諦めることなく、見捨てることのないはたらきがあることを”聞く”場所がお寺という場所です。どうぞお参りください。
本願寺鹿児島別院 山﨑弘純
