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3「不思議なこと」

子供がまだ小さかったころ、山の向こうに沈んでいく夕日を見ながら「何故夕日は大きいの?」と聞いてきた。私は、親の威厳を保とうと色々調べて「あれはね、目の錯覚なんだよ。太陽の大きさが変わるんじゃなくて、いろんな条件で私たちの目が大きく見たり、小さく見たりしているだけなんだ。」と答えた。

 

それを聞いて、「なんだ、錯覚か」と答えた。

 

今になって思うに、「不思議だね」でよかったのではないかと思う。世の中の森羅万象が説明がつくものでもないし、ここにある私でさえ、何故私が生まれたのか、何故私になったのか、何故あなたと出会ったのか、何ひとつ答えのない不思議なことであることを今になって思う。

 

見渡してみると、この世界は不思議に溢れている。

 

地球ができたのが46億年前だと言われている。今の海に繋がる海ができたのが38億年前。それから何億年かかけて、原始的な生物が誕生したと言われている。それから生物は枝分かれしながら私が人としてここに生きている。

 

釈尊は、ガンジス川のほとりでこう話されたという。「このガンジス川の砂の数が、この世界のあらゆる命の数としよう。(おもむろにひとすくい砂を手にすくい上げて)この手の中の砂の数が、人として生まれた命の数。(その指を開いて、指の隙間から砂がこぼれ落ちた後で)今、手の上に残っている砂の数が、仏法に出会った人の数なのだ。」と。

 

「今ここに私が人として生まれ、仏法に出会っているということこそが、不思議そのものではないのだろうか。」

 

何故地球ができたんだろう。そう我が子に聞かれたら今ならこう答えようと思う。

 

「あなたが生まれるために、地球ができたんだよ」

薩摩川内市 善福寺 岡田晃昭