先日7歳になる息子からこのような質問を受けました。
「仏さまってどんなひとなの?」
あまりにも直球すぎる質問に少し戸惑いましたが、その時ある人の言葉をふと思い出しました。
かの有名な物理学者アインシュタインの言葉です。
「6歳の子供に説明できなければ、理解したとは言えない。」と。
大人相手に専門用語を使って説明しようと思えば出来るが、果たして7歳の子供に理解できるだろうか。
今まさに僧侶として、父親として、息子から試されている様に感じました。
私はいつか自分に子供が生まれ、大きくなったら一緒にお酒を飲みながら仏教の話をするのが夢でした。
大袈裟かもしれませんが、こういった質問を息子の口から聞けることが父親である私にとって1番嬉しいのです。
私が息子に伝えた言葉はこうでした。
「今年から小学校に通うようになって、お勉強や生活の面で、これまで出来なかった事が沢山出来る様になってくると思う。それはとっても素晴らしいことだよね。だけどそれだけじゃなくて、何か困ってる人がいたらその人の力になったり、先生のお手伝いもいっぱい出来る人のことを仏さまって言うんだよ。」と。
すると息子から返ってきたのは意外な言葉でした。
「そうなんだ、でもそれって普通だよね。」と。
その言葉に私は思わずハッとさせられました。
私も子どもの頃は当たり前に出来ていたことが、今の自分を振り返ったときにどうだろうか。
自分でその言葉を説明しておきながら、本当にその言葉にかなう生き方をしているだろうか。
アインシュタインの言うように真にその言葉や物事を理解するということは、単に知っているという事だけではなく、その言葉が私にどう関係し、働いているのかということを考えた時に、よりその言葉や物事の理解につながっていく事もあるのではないでしょうか。
息子にどうしたら伝わるだろうかと、これまで得た知識を駆使して言葉の意味だけを教えようとした私が、逆に息子からその言葉の本当の意味とは一体何かという大切な事を教わった尊い瞬間でした。
薩摩川内市 光明坊 石神龍遊
