1945年(昭和20年)1月25日、門司港(北九州市)より鹿児島港を目指し、兵員1939名を乗せて単船にて航行中の馬来(マレー)丸(4556トン)が、米潜水艦の魚雷攻撃を受け久志湾沖(現鹿児島県南さつま市坊津町久志)に没しました。記録によりますと死者1493名、生存者494名。生存者の多くが爆発を聞き約4時間後、ようやく船で駆けつけた当時の坊津の人々に助けられました。
私のお寺では当時の住職から三代にわたり、当寺門徒戦没者追悼法要も併せて、毎年法要を勤めて参りました。それは、人類最大の罪悪であり愚行である戦争を二度と繰り返してはならないという非戦の思いで続けてきたことです。
顧みますとかつて日本は国を護るため、豊かにするためとして戦争への道を選び、多くの国民も、私たち浄土真宗本願寺派もみ教えに背きそれを支持してきました。
時折、「今日の平和はかつての戦争で国のために尊い犠牲となった方々のおかげである」というような言葉を聞くことがあります。私はその言葉を聞く度に疑問を感じています。誰かの犠牲がなければ成り立たないという考え方、世の中の仕組みを暗に認めているように感じるからです。またそのような言葉を為政者は意図的に用いることによって、戦争によって大切な人を奪われた遺族の怒りや悲しみをも奪ってきたのではないかと思います。
この国から戦争に対する怒り、悲しみの声が無くなってしまったとき、再びこの国は同じ過ちを犯してしまうのではないかと危惧します。
広島平和都市記念碑には全人類の犯した戦争や核兵器使用を指し、
「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」
と刻んであります。
「おかげさまでありがとうございます」
ではなく、
「あなたの大切ないのちを、人生を奪い申し訳ありませんでした。二度とこのような過ちは犯しません」
という思いで本法要をこれからも勤めていきたいと思います。
南さつま市 廣泉寺 大八木宗司
