なぜお経をお勤めするのか、疑問に思っていた時期がありました。
ご法事やお葬式、必ずと言っていいほど、僧侶によってお経が読まれます。
しかし読まれるのは日本語ではなく漢字の文章で、しかも高速でお勤めすることもありますから、聞いている方からは内容は分からないのでは?と。
お坊さん自体は意味をわかって読誦していたとしても、果たしてこの時間に意味があるのか、と。
お経はお釈迦さまのお説法です。それを中国で漢字に訳されたものを読んでいます。
インドの言葉より漢字のほうが伝わりやすいというのもあるでしょうし、翻訳にもたくさんのお坊さんの心血が注がれていますから、リスペクトを込めて漢文でお勤めされるのでしょう。
知ってるかい 忘れてはいけないことが
何億年も昔 星になった
どんな時代のどんな場所でも
おんなじように見えるように
ザ・ブルーハーツの「歩く花」という曲の歌い出しです。
私のとても好きな曲です。
お釈迦さまのお説法は、どんな時代のどんな場所でも通用する教えでした。なぜこの世に生まれ、なぜ苦しみ、なぜ死んでいくのか。苦しみを越えていく道、人間として生まれた意味。
言い換えれば、君たちはどう生きるか とも言えるでしょう。あ、そういえば映画、公開されましたね。僕はまだ見てませんが
そのお説法が、できるだけ形を変えないように、どんな時代のどんな場所でも伝わるように、「お経」として読まれているのです。
2500年の時を超えて、今、「私」に向かって説かれているのだと味わいます。
これからお盆の時期、皆様の前でお経が勤まること、一緒に読むこと、あるかもしれません。
その時に、お釈迦さまからの、時代を超えたお説法なんだなあと思ってもらえたら幸いです。
薩摩川内市 慶光寺 黒屋慶信
